Create Box maaru?笑えない人生なんて意味がない!?

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From that 20 years 23:32





時が過ぎるのはあっという間。

平成7年(1995年)1月17日午前5時46分
淡路島北淡町野島断層を震源とするマグニチュード7.3という
あり得ないほどの災害をもたらした
阪神・淡路大震災から20年が過ぎようとしている。


アタシが初めてバリ島へと旅立つ為に
金沢駅へと家からガラガラとキャリーを引っ張っていた時間だ。
名古屋空港までのしらさぎを待つも一向に駅には来なかった。
6時半を過ぎてもやって来ないアタシたちの前に鞄を肩まであげた人が通る。

『しらさぎ待ってても来ないよ、俺ここからの運転手だけど帰るし。』
その彼の一言でようやくこのままではいけないと悟り
すぐさま切符を払い戻し、高速バスの切符のチケット売り場に行った。
もう既に走り出していた高速バスを停めてくれて
アタシたちはとにかく名古屋空港へと向かうしかないと飛び乗った。
もちろんそのまま乗っていてもフライトには間に合わない。
旅行代理店に電話をかけてやっとつながったときに
一宮で降りてタクシーで空港に向かえとのアドバイスに従い
無我夢中で走った事を思い出す。


次第に状況が伝わって来て被害の凄さに驚きながらも
フライト20分前に空港に着いて走り倒して飛行機に飛び乗った20年前。
一足先に行っていた仲間たちは
バリでもトップニュースでその事は報じられていたから
アタシたちがホテルのロビーについた時の顔は今でもハッキリ覚えてる。
本当に奇跡のタイミングだった。

 
非国民と言われるかもしれない。。と思いながらも
一生忘れる事の出来ない初海外になった。

 
あの凄まじい震災を体験した多くの人々が
大切なものを失い、住むところも失い、家族までも失い
心まで壊れてしまいそうになった。
被災地は歳月を重ねて復興を遂げたかのように見えるが
家を失った被災者が住む災害復興住宅では高齢化や孤立化が進んで
いまだに傷跡は消えていない。

それは東日本大震災でも同じ事が言える。
建物の復興だけが進んでも心の復興はまだまだ先なのだ。
本当に必要で求められるものは
もっと具体的な復興支援のプランであり、気持ちを前向きにする具体策。
被災者ひとりひとりが
それぞれのシアワセを追い求める事が出来るようにすること。

それが出来なくては何も始まらないのだと
皆が知るべきだと思う。

今もなお、本当の気持ちを言えずにいる人々が沢山いる事を。

被災者の方々が心から笑顔で笑える日が来る事を
心からお祈りいたします。

 
| 大切なこと | comments(0) | - | posted by maarunchu
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